【2026年8月30日 12:15 PM更新】

〜若手歯科医師のためのマネジメント入門〜
はじめに
新潟市西区で松田歯科医院を開業して、まもなく30年。
若手の先生方からご相談を受けるとき、
経営の話の次に頻繁に登場するお話があります。
「予防歯科の大切さを、スタッフに何度も伝えているんです」
「朝礼でも、リコール率のことを話しています」
「なのに、なぜか、みんな動いてくれないんです」
そして最後には、 たいていこう続きます。
「うちのスタッフたち、やる気ないんでしょうか!?」
若手ドクターにとって、臨床技術よりも、経営数字よりも、
一番手強いのが、 “人を動かす”というテーマ のようです。
そしてこの悩みは、 限られた医院だけで起きる
特殊な問題ではありません。
歯科医師の9割が、
どこかのタイミングで必ずぶつかる普遍的な壁
と言っても言い過ぎではないでしょう。
このブログでは、 その壁の正体と、
若手ドクターがどう向き合えばいいのかを、
30年の診療とスタッフマネジメントの経験からお話しします。

Ⅰ. まず認めるべき”不都合な真実”
スタッフが動いてくれない、 という状況に直面したとき、
若手ドクターがまず知っておくべきことがあります。
それは、
「スタッフのやる気がない」のでなく、
先生の考えが届いていない
という可能性が圧倒的に高いこと。
これは、先生にとって受け入れがたいですよね。
私自身、開業当初は
「なぜみんな指示通りに動かないんだ!」
とスタッフを責めていた時期がありました。
でも30年経ってわかったのは、
スタッフが動かない理由の8~9割は院長が原因
という事実です。
この前提を受け入れられるかどうかで、
マネジメントの成否が決まります。

Ⅱ. スタッフが動かない”5つの理由”
先生が「予防に力を入れよう」
と号令をかけても動かない場合、
その背景には次のいずれかがあります。
理由①: なぜやるのか、が共有されていない
「リコール率を上げよう」と言われても、
それが自分の仕事や人生とどうつながるのか?
スタッフには見えません。
売上を上げるため?
それは先生にとっての目標であって、
スタッフの関心事ではないのです。
理由②: 具体的な行動が示されていない
「予防に力を入れる」では抽象的すぎて
スタッフはどう動けばよいのか?
分かりません。
- 誰が
- いつ
- どの患者さんに
- 何を
- どう伝えるのか
ここまで指示を細分化して伝えないと、
大多数のスタッフにとっては
「ふわっとしたお願い」にしか聞こえません。
理由③: 過去の指示との一貫性がない
先月は「新患を増やそう!」
今月は「予防に力を入れよう!!」、
来月は「自費を増やそう!!!」。
方針がころころ変わる医院では、
スタッフは動くのをやめてしまいます。
「どうせまた先生の気が変わるだろう」
という諦めに似た心境のためです。
これを学習性無力感と呼びます。
理由④: 評価とつながっていない
予防に協力してくれたスタッフと、
そうでないスタッフが、
まったく同じ評価をされている・・・
これでは、 真面目に取り組む人ほど損をする構造になります。
理由⑤: 院長自身が体現していない
「予防が大事」と言いながら、
院長自身が治療優先の予約を組んでいる。
メンテナンスの患者さんに気になる点があって
歯科衛生士が診察をお願いしているのに
治療が忙しくてチェックにも行かない。
この状況では、スタッフが予防歯科を重視することは
あり得ないですよね。
スタッフは、 先生の”言葉”ではなく、
先生の”行動”で判断しています。

Ⅲ. 対処方法① 号令ではなく”物語”で伝える
「予防に力を入れよう」 という号令だけでは、
よくあるスローガンにすぎません。
先生に実践してほしいのは号令ではなく、
具体的な患者さんの物語で伝えること です。
例えば、こんな伝え方はいかがでしょうか。
「先週来院された○○さん、覚えてる?
3年前にうちで治療を終えて、
それ以来ずっとメンテナンスに通ってくださっているよね。
前回のレントゲンを見たら、
治療した右下7番の周囲の骨が、
3年前とまったく変わっていなかったんだよ!
これって、田中さんが3年間
ちゃんと通ってくださったから
維持できたんだよね。
もしメンテナンスに来ていなかったら、
たぶん今頃、再治療になっていた可能性が高い。
田中さんの3年間を支えたのは、
実は、みんながリコールハガキを出したり、
予約のときに次回のアポを取ってくれたり、
そういう積み重ねなんだよね。」
数字ではなく、 一人の患者さんの物語で語る。
これができるようになると、 スタッフの目の色が変わります。
なぜなら、
“自分の仕事が患者さんの歯を守っている”
という実感が生まれるからです。

Ⅳ. 対処方法② 抽象的な号令を”1つの行動”に翻訳する
「予防に力を入れよう」 という号令を、
具体的な行動指示に落とし込みましょう。
ありがちな例(抽象的な号令)
「みんな、予防に力を入れよう」
望ましい形式(具体的な行動指示)
「今週から、治療完了時には必ず
歯科衛生士が次回のメンテナンス予約を取ろう。
チェアサイドでアポイントの日時を決めて、
診察券の裏に書き込み
お渡しするまでをワンセットにします。」
抽象的な指示を具体的な行動に翻訳する。
これが“号令の翻訳” と呼ばれる
マネジメントの基本技術です。
その際、ぜひとも守っていただきたいのは、
指示は”一度に一つ” ということ。
「あれもこれも」と一度に指示しがちですが、
人間が新しい習慣を身につけられるのは、
一度に一つだけです。

Ⅴ. 対処方法③ “小さな成功”を可視化する
スタッフが新しい行動を続けるために大事なのは
“やってよかった”という成功体験です。
そこで役立つのが 小さな成功の可視化になります。
例えば、
- 朝礼で「今週は次回予約の取得率が80%を超えました」と共有する
- リコール率のグラフを休憩室に貼っておく
- スタッフルームの黒板に「今月の継続来院患者さん: ○○名」と書く
数字を追いかけるのは、 院長のためではなく、
各スタッフが自分たちの成果を実感するため です。
数字は、 管理のツールではなく、
承認のツールとして活用しましょう。

Ⅵ. 対処方法④ “動かないスタッフ”の背景を聴く
ここまでやっても動かないスタッフがいる場合、
先生にお勧めしたい対処法は、
個別に時間を取ってスタッフの話を聴くことです。
面談というよりは、 傾聴がメインになります。
「予防のリコール対応について、 何か大変さを感じることってある?」
こんなふうに聞いてみると、 たいてい、
歯科医師には見えていなかった現場のリアルが出てきます。
- リコールハガキの印刷が間に合っていない
- 予約枠が埋まりすぎて、希望通りの予約を取れない
- 患者さんへの声掛けを、他のスタッフに聞かれるのが恥ずかしい
- 以前、予約を断られた経験がトラウマになっている
こうした”見えない障害物”は、
歯科医師側から見ているだけでは
絶対にわかりません。
診療でお忙しいとは思いますが、
現場の声を聴くことに
時間を割いていただければと思います。

Ⅶ. 対処方法⑤ 院長自身が”予防を体現する”
最後に、 最も効果的で、 最も難しい対処方法をお伝えします。
それは、
院長自身が、予防歯科を最優先で扱うこと。
具体的には、こんな行動です。
- 予約表を見て、予防枠が埋まっていることを喜ぶ
- 自費治療より、メンテナンスの患者さんに丁寧に時間を割く
- 「今日、○○さん来てくださったよ、うれしいね」と口に出す
- 治療中断の患者さんに、自ら電話をかける姿をスタッフに見せる
言葉で100回言うより、 背中で1回見せるほうが、
スタッフには圧倒的に届きます。
若手ドクターは、 自分がまだ経験も浅く、
権威もないと感じるかもしれません。
でも、 “背中”を見せることに、経験も権威も必要ありません。
重要なのは、先生が本当に予防歯科を大切にされているかどうか、 その一点だけです。

Ⅷ. 動かないスタッフとの向き合い方の順番
ここまで5つの対処方法をお伝えしましたが、
先生が実践されるときの順番も大切です。
Step 1: 先生自身が体現する(まず自分)
Step 2: 号令を具体的な行動に翻訳する(指示の質)
Step 3: 物語で伝える(意味づけ)
Step 4: 小さな成功を可視化する(承認)
Step 5: それでも動かない人には、個別に話を聴く(対話)
いきなりStep 5からやると、「ダメ出しの面談」になってしまいます。
Step 1〜4を丁寧にやったうえで、 最後の一人と向き合う。
この順番を守っていただければ、
マネジメントの成果が目に見えてに上がるでしょう。
Ⅸ. それでも動かないスタッフがいたら
ここまでやっても、予防歯科の理念に共感できない
スタッフがいる場合もあるでしょう。
その場合、先生も覚悟を持つ必要があります。
医院の理念に合わない人材と、無理に一緒に働かない。
これは、 スタッフを切り捨てる
という意味ではありません。
どうしても医院の方針が合わないスタッフにとっては、
違う環境のほうが幸せに働ける可能性が高いはずです。
そして、 医院に残る他のスタッフを守るためには、
理念の一貫性を保つのが重要になります。
理念に反する行動を放置する医院に待っているのは、
真面目なスタッフから順番に退職する末路です。
先生にとって最も辛い判断ですが、 時にはこの覚悟も必要です。
Ⅹ. 締めくくりに
スタッフマネジメントというテーマは、
臨床技術のように教科書に
答えが書いてあるわけではありません。
でも、 30年間、たくさんのスタッフさんと共に働いてきて、
一つだけ確信していることがあります。
それは、
スタッフは、”指示”では動かない。
でも、”意味”を感じたら、驚くほど動いてくれる。
ということです。
「予防に力を入れよう」という号令が届かないのは、
スタッフのせいではありません。
その号令に、 まだ”意味”が乗っていないからです。
○○さんの3年間を支えたのは、
みんなの温かい声掛けだった。
そんな物語を、 先生ご自身が
語れるようになったとき、
医院は必ず変わり始めます。
そしてこのブログで何度もお伝えしているように、
最後はやはり、この一言に戻ります。
「あの患者さん、最近来てないな」 と、
先生とスタッフが同じ気持ちで口にできる医院。
そこに、 予防歯科の定着も、
スタッフマネジメントの本質も、
すべてが宿っているのです。
先生が、 指示ではなく意味で人を動かせる
リーダーへと成長されることを、
心より願っております。
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